2013年11月20日水曜日

21世紀の新しい波 - グザヴィエ・ドラン

1960年代、フランスでは若き映画監督たちが固定概念にとらわれず、試行錯誤して新しい演出・表現方法を生み出し素晴らしい作品を多く生み出した。このムーブメントはヌーヴェルヴァーグ(新しい波)と呼ばれ、マンネリ化していたハリウッドが参考にして70年代のカウンターカルチャーへと繋がっていった。

ヌーヴェルヴァーグから50年が経った今、新しい波を起こしている若き監督がいる。
カナダ出身1984年生まれのグザヴィエ・ドランだ。

わたしはロランス (原題:Laurence Anyways)

1989年モントリオール、35歳のロランス・アリアはトランスジェンダーを告白する。
彼女のフレッドは戸惑いつつも、ロランスを愛しつづけようとする。だが、フレッドはロランスのもとを離れてしまう。ロランスは女性として生きていくも、ずっとフレッドを愛している。フレッドもロランスとの愛を忘れずにいた。
そんな、ロランスとフレッドの10年の愛の物語。

3作目にして168分もの大作。
1回目見たときは形容しがたい気持ちになるも、印象的なシーンが頭から離れずにいた。そして2回目で、その惹かれている理由を確認できた。

----- 以下、内容に触れていきます。

低音が響く不穏な曲の中、女性の格好をした人が街中を歩く。
街の人々はまじまじとした視線を送る中、その人は堂々と歩き霧の中へと消えていく。
ロランスが感じる視線を共有させ、これから起こる試練を覚悟させる。

男女として付き合っていた頃のロランスとフレッドは、幸せに満ちていた。
寝ているフレッドに、ロランスは乾燥機にかけた服をかけてじゃれあう。
2人はリスト作りにもハマっていた。「楽しみを半減させるリスト」を作り、楽しい毎日を送っていた。
また、色の印象を言い合っていた。"黄色"は強いエゴの色。"赤"は怒り、情熱の色。フレッドは叫ぶ「もっと赤を!もっと赤を!」。二人がはしゃぐ車の外に、雨の中"赤い"ドレスを着た人が歩いていく。

ロランスは女性として生きていくことを決意し、フレッドに告白する。真っ青な壁にもたれかかるフレッド。うずくまり理解を求めるロランス。その色彩は、ゴダールの軽蔑のようだ。フレッドはロランスの告白を受け入れ、応援しようと決意する。

少しの休職と休み明け、ロランスは職場の大学へ化粧をしてスカートをはいていった。学生が待つ教室に恥ずかしそうに入り、教壇前に立つロランス。しばらく沈黙が流れたが、女生徒の「8ページ目からですが、代理の先生ではわかりませんでした。」との一言からロランスは自信を得た。HeadmanのMoisture (Headman Club Mix)のビートと歌詞が、彼女の高揚を伝えてくれる。大学の廊下を自信に満ちたロランスが闊歩する。その足元は"黄色"のヒールだ。ロランスの決意した姿を喜ぶ上司に対して彼女は言う「これは革命です」。

89年はまだマイノリティーに対する理解があまりない時代だった。バーにいたロランスに「おい兄ちゃん、変な格好をしているな」と声をかける男に対し、怒って殴りかかってしまう。画面は縦長にスポットされ、"赤い"ライトの中ロランスはケンカをした。

フレッドは女性として生きていくロランスを受け入れようと努力するも、予期せぬ妊娠と中絶により精神的に不安定になっていた。2人で土曜のランチで居た喫茶店でのこと。ブロンドのおばさんがロランスに悪気のない余計なことを言ってくる。
「変わった格好をしているのね」
「女性か男性かみんなで話してたの」
「それは趣味でやっているの?」
ガシャン!と"赤い"髪のフレッドが机を叩き激昂する。
「ババアは黙ってコーヒーをついでろ!」爽快だ。

ロランスと一緒にいることが辛いフレッドは、知人のパーティーへほぼ裸のドレスを着てでかけていく。そこで出会った男性と結婚し、ロランスの元を離れてしまう。
5年後、フレッドは子どもを持ち、幸せそうな家庭を築いていた。寝っ転がる息子に、乾きたての洋服をかけるフレッド。ロランスとの日々を忘れられずにいた。一方、ロランスはフレッドの近くに住んでいて、校正の仕事をしながら詩集を出版していた。その詩集をフレッドに送っていた。
フレッドはいまの家庭を捨ててしまうと分かりつつ、詩集のページをめくる。"黄色い"ブラウスを着ていた。詩集にはロランスからのメッセージがあった。
「白いブロックのひとつをピンクに塗った」
フレッドはメッセージを確かめ、ロランスが近くにいることを知る。今度はフレッドからロランスに手紙を送る。

5年ぶりに会ったロランスとフレッド。昔のように愛し合う。そして2人で行きたかった島へと旅に出る。冬の透き通った青空から色鮮やかな洋服が舞う下で、ロランスとフレッドはキスをしながら歩いている。男女として付き合っていた幸せな日々を思い出しながら。

こんなにも愛し合っている2人だが、求めている愛が違っていた。ロランスは女性として生きる自分を愛して欲しかったが、フレッドは男女の愛を欲していた。2人の愛がどんなに深くても、相入れないのだ。

さらに5年後、フレッドは家族と別れてモントリオールにいた。ロランスもまたモントリオールに戻っていた。久々に会う2人はどこかよそよそしい。ロランスは髪が肩先まで伸びてより女性らしくなっていた。フレッドは髪色が"赤く"なくなっていた。
「いま幸せ?」ロランスが問う。フレッドは「ええ」と返す。つづけてロランスは「私たちはあのまま一緒にいても、終わっていたと思う」と告げる。フレッドは目に涙を浮かべ、トイレへと立つ。ロランスはフレッドを待たずに店を出る。フレッドもまた裏口から立ち去る。裏口を出た袋小路の先に通りがある、枯葉が舞い散る中フレッドは歩き出す。

とある撮影所、フレッドは長身の男に声をかけられる。それがロランスだった。長い物語は2人の出会いで幕を閉じる。
「名前は?」「フレッド。あなたは?」「ロランス・アリア」「アリア?」
「とにかく、ロランスだ」

2013年10月16日水曜日

リリーとピエールの2作品

「凶悪」

「そして父になる」

この2作品にはリリー・フランキーとピエール瀧が出演している。

方々で言われているが、リリー・フランキーはその演技の幅広さにただただ感服する。
凶悪では、保険金詐欺で老人を殺しお金を搾取する凶悪犯。そして父になるでは、子どもとの時間を大切にする電気屋のパパ。

凶悪→そして父になる の順で見たが、この順番によってより楽しめたと思う。
リリー・フランキーが福山雅治に、親子は時間が大事だよって言うときの顔にゾッとする。
法廷で赤ちゃんをすり替えた看護師の旦那がピエール瀧だったときに、ヒィっとなる。
そして父になるが、スリラー映画になるのだ。父はやがて爺になり、彼らに搾取されるんだ!

是枝作品をちゃんと観たことはないけれど、日常のちょっと面白い部分を見せてくれるところは森田芳光監督に似ているところがある。
子役には台本を渡さず、その場で説明して演じさせているそうで、とてもリアルだ。リアルな反応に思わず、フフッと笑ってしまう福山雅治が印象的だった。

凶悪は実録物なので、話が淡々と進む。その単調さが逆に不気味さを増す。
山田孝之がどんどんやつれて、のめり込んでいったラスト。リリー・フランキーとの対峙はゾクゾクする。

この2作品を乱暴にまとめて言うと、地方のパパをなめたらアカン!ってことですねw

2013年9月6日金曜日

衝撃的なDJプレイにて、衝撃的な曲と出会う

9月2日のDOMMUNEで、リンゴ音楽祭なるものが配信されていた。
そこでは掟ポルシェがDJをやっていた。
掟さんのDJは衝撃的だった!
そう!繋ぐなんてことはなかったw
ただ掟さんの気の向くままアイドルの曲をかけていき、DJブースから飛び出して暴れている。
かのPerfumeをメインシーンに押し上げた人物ゆえ、アイドルが本当に大好きなのが伝わり、楽曲としても素晴らしいものばかりだ。

その中でも一際耳に残る曲があった。
「アイドルばかり聞かないで」- Negicco


ピチカート・ファイヴにこんな曲あったような気がするなぁ。と思っていたが、Negiccoの曲だったのか!
アイドルが歌うアイドルばかり聞く男に嫉妬する曲。
その矛盾に満ちた歌詞、小西康陽の渋谷系全開なコード、もう黙っていられない。

あの子とは、デートとか、キッスとか、結婚とか、できないのよ。
ざんねーん

2013年8月6日火曜日

正義の殺人鬼・デクスター

いま読んでいる「雑食映画ガイド」(町山智浩、柳下毅一郎、ギンティ小林 著)の中で映画ガイドにもかかわらずオススメされているアメリカのドラマがある。それが「デクスター」だ。


デクスターはマイアミに暮らす好青年。仕事は警察の鑑識で、血の鑑識を得意とする。ときどき職場にドーナツを持って行き、同僚たちに配ったりしている。
唯一の家族の義理の妹は同じ警察に勤めており、愚痴を聞いてあげたりと仲が良い。夫の性的暴力で傷ついた二児の子を持つ女性と付き合っている。

しかし、デクスターには秘密がある。感情が理解できないこと、そして、抑えきれない殺人衝動があるということ。
デクスターは3歳のときに養子として引き取られた。警察官であった養父はデクスターの殺人衝動に気づき、普通の人間としての振舞い方、完璧な証拠の消し方など、殺人鬼としてバレずに生きる術を教えた。また、ターゲットはどうしようもない悪人であると確証がある人物に限るという掟を与えた。
デクスターは悪人を見つけては、ひっそりとバラバラにして殺す。そして、血を採取してプレパラートで挟んでコレクションしている。

なんという吉良吉影。
感情がないデクスターのジョークがおもしろい。
特に印象的なのが、「どうしてそんなに流血事件に詳しいんだ?」と聞かれ、「好奇心です "Curiosity."」と答えるところだ。
ドラマなのにR15指定。スプラッター描写がリアルで、血のりの量もいっぱいだ。

衝動を抑え普通の人のように振る舞うデクスターだが、とても人間臭く感じる。誰しも社会では自分を偽り演じているのだから、デクスターの違和感に共感できる部分もある。

このドラマはシーズン7まで作られている。さぁ、忙しくなるぞ。

2013年7月23日火曜日

現実と非現実の間で、生きねば

風立ちぬ


2011.3.11の震災以降、現実と非現実の間で2年もの歳月が過ぎた。
そして、これから先もこの間の中で生きていく。
僕たちは生きねばならない。

堀越二郎は震災、第2次世界大戦の時代に生きた。
より美しい飛行機を作ることに没頭するが、飛行機は戦闘機、零戦となって飛んでいった。

夢と現実が交互に表れる。
夢の世界はカプローニの王国であるが、二郎は地獄だと思ったと言う。
現実は厳しく、妻となる菜穂子に出会うも結核であった。
二郎はそれでも仕事に打ち込む。
「男は仕事に打ち込むべきだ。」菜穂子の父の言葉である。

二郎のしゃべり方(庵野さんの声)は、エンジニアそのものである。
人の話を聞いてるのか、聞いてないのかわかんない返答。
そんな不器用な二郎が、愛のことばを妻に言う。
庵野さんが言っていると思うと、おもしろい。

勉強会で盛り上がる設計士たち。
新しい技術を取り入れ、みな一丸となって作り上げていく。
羨ましく思う。

宮崎駿作品の女性はみな強い。菜穂子も然り。
自分が一番美しいときに二郎と過ごし、去っていった。
美しく強い女性をずっと見ていたいのだろうなぁ。

荒井由実の「ひこうき雲」はテーマ曲として、映画をとりまとめている。
空に憧れて、空を駆けてゆく。あの子の命はひこうき雲。

この非現実的な現実の中で、事実を受け止め、
現実的に非現実な夢を追い求め、生きねば。

2013年7月6日土曜日

選挙2を観て

選挙2

本日7月6日公開の想田和弘監督の観察映画第5弾「選挙2」を観てきた。

フライヤーには「山さん、怒りの再出馬。」とあるが、いま本当に怒っているのは想田監督ご本人である。
「選挙」で自民党公認候補として川崎市議選に出馬した山さんこと山内さんが、3.11を受けて独立系完全無所属として2011年4月の川崎市議選に再出馬した選挙を観察した本作。

観察映画はよくあるドキュメンタリーと違い、感じとってほしいことを主張するのではなく、観た人それぞれで考えてほしい。と監督は説明していた。
しかし本作は伝えたいメッセージははっきりあるし、監督の主張が強いものである。
そう、怒っていた。

その一つには、権力による圧力、表現の自由の規制を現政党がしようとしていることだ。
自民党公認候補の方を撮影しているとき、撮らないでくれと言われていた。
そして、その晩に自民党川崎市連から弁護士を通じて「肖像権の侵害にあたるため、撮影をやめ、削除せよ」と抗議があったそうだ。(上映後の舞台挨拶にて監督がそう語っていた。)
しかし、候補者は議員(候補)という公人であり、公の場で活動する選挙をやっているため、肖像権の侵害に当たらない。監督も弁護士に確認し、抗議内容はナンセンスな主張であると判断された。

選挙2の上映にあたっても、問題が起こった。
千代田区からの圧力によって日比谷図書館での上映が一時中止にまで追い込まれた。
日比谷図書館での『選挙』上映が一時中止された件について

そして現政権与党の自民党の憲法改正案には、表現の自由を含む第十三条について次のように変更している。
第十三条 全て国民は、として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない
なお、現憲法の第十三条は以下。
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

さらには、創作活動における検閲を禁止している第二十一条第二項はこのようになっている。
2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社することは、認められない。
下は現憲法。
② 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
自由民主党憲法改正案より引用 (http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf)

「公益及び公の秩序」とは一体誰が定めるのか?
それは政府でしかない。つまり、政府に逆らうものは認めないと言っているのだ。
想田監督は撮影時と日比谷図書館での件から、このことについて強く訴えていた。


この事実を聞いて驚いたけれど、いま書いていて末恐ろしく感じる。
国民の関心が薄いことをいいことに、政治家が都合の良いよう支配しようとしている。
そう思わざるを得ない。

僕たちに与えられている参政権は投票することだ。だから、まずは、きちんと投票しよう。
そして、もっと政治の話をしよう。

これから日本に生きていくのなら、自分たちが行動するしかないのだから。

2013年7月3日水曜日

監督自身が映画

ロマン・ポランスキー 初めての告白


ロマン・ポランスキーが自分の半生を自身の口から語るドキュメンタリー。

第2次世界大戦を経験したり、妊娠中の妻が殺人にあったり、未成年への性行為事件が30年も拗らせたり…
苦しい経験をしつつも、映画を作り続けている巨匠です。

不勉強ながら、本監督作品はゴーストライター、ナインスゲートしか観たことないのですが、精巧な脚本であり、サスペンスが上手く、完璧だと感じました。
ローズマリーの赤ちゃん、チャイナタウン、戦場のピアニスト、と名作がたくさんあるので、しっかりと観ていきたい。

本作の中でポランスキーが、もし墓場に持っていく映画は?との問いに、「Pianist」と即答していたのが印象的だった。
やはり自身の戦争体験をリアルに描いたといわれる戦場のピアニストは、特別な作品であるのだ。

若い頃のポランスキーを見ていて、誰かに似ているなと思っていたら、サッカーのメッシにそっくりだ。
背の低いところや、童顔なところ、顔そのものも似ている。
なんだかんだいって、顔は大事だな。